元フィギュアスケーター鈴木明子さんから学ぶ「摂食障害」の恐ろしさ

先日もニュースに取り上げられていたので、今回は「摂食障害」についてまとめていきたいと思います。

 

ご存知の方も多いかと思いますが、「鈴木明子さん」は元フィギュアスケート選手であり、現在でも数多くのTVに出演されているので、目にする機会も多いかと思います。

 

 

その知名度の通り、現役時代の実績も、2012年世界選手権(ニース)女子シングル銅メダル、2013年全日本選手権優勝、ソチオリンピック団体5位(キャプテン)、個人戦では2大会連続8位入賞など、輝かしいものがあります。

 

このように経歴を並べると順風満帆の人生を過ごしているように感じますが、実はその裏には「摂食障害」という病気と長年闘ってきた苦しい生活が隠れていたのです。

 

 

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■元フィギュアスケーター鈴木明子さんと摂食障害

出典:https://ameblo.jp/suzuki-akko/

 

摂食障害のお話の前に、元フィギュアスケートの選手でもある「鈴木明子さん」のプロフィールや経歴についてもう少し掘り下げてみたいと思います。

 

<プロフィール>

 

本名:鈴木明子(すずきあきこ)

身長:160cm

 

6歳でスケートデビューを飾り、その頭角が表れ始めたのが高校1年生の頃。

この年の全日本フィギュアスケートジュニア選手権で2位という成績を残し、全日本選手権では4位。このような成績を残すうちに「ジュニア特別強化選手」に指定され、その後もジュニアGP、SBC杯では優勝、四大陸選手権出場など着実に実力を伸ばしていきました。

 

高校卒業の次に選択した道が東北福祉大学であり、恩師である長久保裕コーチの自宅にて下宿をスタートさせる。

 

このとき、初めて「元を離れる」という経験をしていますが、この時期に「摂食食害と闘い、そして克服した」と本人が語ってます。

 

その後大学を卒業して、長久保裕コーチがいる邦和スポーツランドに所属して以来、24歳でバンクーバーオリンピック8位入賞、27歳で世界選手権銅メダル、28歳で全日本選手権初優勝、ソチオリンピック8位入賞、という数々のタイトルをものにして29歳の世界選手権を最後に引退することになりました。

 

<大学生活時代に経験した摂食障害>

 

出典:http://www.sankei.com/premium/news/151010/prm1510100022-n2.html

それでは、鈴木明子さんが経験した摂食障害と克服までの経緯をお話していきたいと思います。

 

鈴木明子さんは大学進学と同時に初めて親元を離れることになりましたが、「摂食障害」になったのもこの時期とされています。

 

年齢にしてちょうど20歳になる頃にトリノ五輪を迎えるため、その舞台を目標に日々練習に励んでいましたが、摂食障害になったのはその最中になります。

 

フィギュアスケートは跳ぶことが多いので、体重が増えてしまうと体のキレが悪くなり、加えて足腰への負担が大きくなるので、この時期から食事制限をして体重管理をするようになりました。

 

しかし、この食事制限が「摂食障害」への始まりだったと鈴木明子さんは語っています。

 

最初は体重管理を意識しながら食事制限をすることができていましたが、次第に恐怖心から食べることができなくなってしまい、気づけば1か月で体重が8キロも減ってしまいました。

 

当時48キロだった体重も1か月後には40キロになってしまい、その時に実家へ帰省して精神科へ診断を受けた結果「摂食障害」と判明。(160cmの標準体重は56.3kg)

 

ただ、当時の鈴木明子さんはその現実を受け止めることが出来ず、「コントロールすることができていなだけ」というように思っていたそうです。

 

その頃、両親は和食料理店を経営しており、その腕前は確かなものであり、それに愛情が詰まっている母親の手料理でさえ当時は食べることが出来ませんでした。

 

このとき母親から「エネルギーがあるものを食べなさい」ということを言われましたが、その言葉さえも“脅迫”のように感じてしまい、せっかく作った料理を食べることができない自分に嫌気がさしていたそうです。

 

そうした食べることができない環境に陥ってしまったことで次第に体重も減り、ついには体重が32キロまで落ちてしまい、練習もできない状況だったので大会も辞退することになってしまいました。

 

それでも一向に体重が戻る気配がなかったので、医師からは「30キロまで落ちてしまったら入院」ということを宣告されてしまったのです。しかし、当時の鈴木明子さんは「入院」という選択肢を受け入れることが出来ず、医師からの宣告を必死に拒否したそうですが、その必死に抵抗する娘の姿を見て「この子から生きる目標を奪ってはいけない」と母は感じたそうです。

 

その頃の鈴木明子さんは普通の食事もまともに出来ない状況だったので、「まずは食べられるものから食べよう」と声をかけたところ、劣等感や自己嫌悪感を抱いていた娘の心にその一言が響き、回復へのきっかけとなったのです。

 

後に鈴木明子さんも、母からの一言で「こんな自分を受け入れてくれる」と思ったことが回復へのキッカケであることを語っています。

 

それから少しずつ体重も増えてきて、長久保裕コーチからも「絶対に出来る」と励まされ、周りの協力もあったおかげで再び氷の上に戻ることが出来たのです。

 

ただ、長い時間氷の上から遠ざかっていたので、久しぶりに出る試合では恐怖心が襲いかかり、押しつぶされそうになったので母に電話をしたところ「氷の上に立てることに感謝して滑ればいいんじゃない」というアドバイスをもらい、鈴木明子さんも「滑れるだけで本当に幸せ」と感じるようになりました。

 

それから数々の国際大会やオリンピックに出場し、輝かしい実績を獲得するまでに至りましたが、そんな大舞台でもプレッシャーに押しつぶされてしまわないのは、その時の母からのアドバイスがあったからだそうです。

 

 

■鈴木明子さんが摂食障害になった背景

 

鈴木明子さんは今では「摂食障害」を克服することができましたが、実はその原因は「ダイエット」だけではありません。

 

これは、「ダイエットをしているすべての人が摂食障害になっているのではない」という現実的な部分に目を向けても分かりますが、ダイエットしても摂食障害にならない人はたくさんいます。

 

では、なぜ鈴木明子さんはダイエットして摂食障害になってしまったのでしょうか?

 

<完璧主義が摂食障害を招いた>

鈴木明子さんは摂食障害で当時通っていた病院の医師からの一言でこんなことを言われました。

 

「摂食障害の原因は母との関係にある」

 

そこで鈴木明子さんとお母さんの関係を思い返してみると、スケートの練習の際も「準備が遅い」「行動が遅い」などと叱られるばかりで褒められることがなかったので、次第に「母の理想とする娘に近づきたい」と思うようになっていったそうです。

 

それゆえ、無意識のうちに「完璧」を求めるようになり、「周囲に甘える」ということができなくなってしまったと、鈴木明子さんは当時の心境を語っています。

 

しかし、摂食障害になってしまったことで2人の考え方や関係性は変化し、今ではいい意味で「適当でいい」と考えられるようになったそうです。

 

 

■摂食障害で失ったもの

 

鈴木明子さんが「摂食障害」で失ったものはたくさんあります。

 

それこそ「時間」を失ったことは言うまでもなく、スケートから離れることになったことを考えると、健康でいることができたら更なる高みへと挑戦していたのかもしれません。

 

ただ、時間だけでなく当然身体への負担もあり、摂食障害になってしまったことで嘔吐を繰り返したことが「歯を溶かす原因」にもなってしまったのです。

 

「吐く」という行為は胃の中を逆流してしまうことになるので、その胃酸が歯を溶かしてしまう原因になり、当時は歯がボロボロになったことで治療を開始しました。

 

当然、子供と大人は異なるので、治療までの道のりは長くなりますが、今ではその治療も終わり、キレイな歯を取り戻すことができたのでネットでもその「歯」が話題になることもあります。

 

メディアでも「鈴木明子!摂食障害から復帰!」と取り上げられることが多くなり、それに対する戸惑いもあったそうですが、このように現在は摂食障害を完治することが出来たので、「その経験が誰かの役に立てれば」とメディアに取り上げられることに対して前向きに捉えています。

 

摂食障害は「心の病気」とも言われていますが、精神的な面だけでなく、肉体的にもダメージを負い、「時間」という取り返しのつかない大切なものまで奪ってしまうので、ダイエットを考えている人は十分気を付けてください。

 

こうして鈴木明子さんが摂食障害の恐ろしさを語ってくれたことで、一人でも多くの人がその病気を克服する前向きな気持ちに変わり、克服できることを祈ります。

 

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